とものひとりごと

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孫たちから、ばあばへ。

義母さんが、天国に旅立つときに、

7人の孫たちが書いた 「ばあばへ」 という

手紙を一緒に持たせました。


コピーして残しておきましたので

私が、忘れない様に、ブログに残しておきます。



 さおり   「いつもニコニコ」した、ばあば。  大好きでした。

        ばあばと じいじ みたいな ラブラブな毎日を過ごせる

        旦那様を紹介しにいくからね!」



あさ美   「茨城に遊びに行く度に、優しい笑顔で迎えてくれた、おばあちゃん。

       帰る時は、見えなくなるまで手を振ってくれていたね。

       これからも、天国から見守っていてね。

       おばあちゃん、大好きだよ。」



いくみ   「小さい頃、ばあばは

       納豆食べな~~って聞き飽きるほど言われたけど

       今も、納豆は食べていません。

       ばあばが作った、きゅうりの漬物が好きで、今でも食べたくなるよ!

       また会いにくるよ。 大好きよ。」


祐介   「思い出す、おばあちゃんは、いつも笑顔でした。

      今でも、その顔を思い出します。

      これからも、ずっと、ずっと、優しい笑顔で見守ってください。」      

        

なおみ  「いつも遊びに行く度に、 名前の確認から始まったよ。

       心配性で、寒くないか? ってハンテンを持ってきてくれたよね。

       ばあばの困ったような笑顔と、美味しい食べ物を食べている

       ばあばの笑顔が大好き! 

       これからも、天国で笑って過ごしてね。」



正和   「ばあばへ

       いつも優しくしてくれてありがとう。

       全然会いにこれなくて、ごめんなさい。

       自分もいつか、そっちに行くけど、その時は

       いっぱい話しましょうね。

       それまで、もうちょっと待っていてね。 いつもありがとう。」



光平    「ばあば

        今日は久しぶりに会えて、うれしかったです。

        思い出す、ばあばの顏は、いつも笑顔で、

        元気を分けてもらっていたのを覚えています。

        天国は、どんなところか解らないけど、これからも元気に。」





よい孫に恵まれて、幸せな、ばあばですね。


小さかった、孫たちも、20代になり


看護師や、設計士や、パテシェ・・等になって、頑張って働いています。



ばあばは、いなくなってしまったけど

ばあばの孫たちが、世の中で活躍していますよ。
     
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by tmk331027 | 2013-09-27 09:21 | 茨城 | Comments(2)

お坊様。

義母さんが亡くなり、

いろいろ勉強になりました。

ほんと、この年まで、のんびりと生きてきたので

はずかしい限りです。



告別式の時も

私が、お坊様に、お金を渡す時も

おぼんに載せて 「お納めくださいませ」 って言って

畳に置き、片手で、お坊さんの方へ押し出す・・・

「お納め下さいませ」って言葉・・使い慣れないから、どもるよね。



それから、

お経のあとの説法は

長いよね~~(お坊さんによるみたいだけど)


お経は、ゆらぎの音楽に似ていて、眠くなる!!、(誰にも秘密)

前の日の疲れがあり、気が遠のきそうでした。



それでもって、

なんだか、初七日とかいうのを、続けてやるみたいで

また、お経を・・・・・。  ねむ~~。





それでもって、我がお坊さん、

戦場のカメラマンの方の話し方に、そっくりなんです!!!!


手振り、身振り付。 目を見開いての説法。



情熱があり、一生懸命なのはわかるんですが~~。





で、もって、戒名・・・読めんよ。





あまり言うと、バチがあたるので


このへんで、止めときます (^_^)/



我がお坊様、 うちの旦那の学校の先輩なんですって。
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by tmk331027 | 2013-09-25 09:51 | 茨城 | Comments(2)

母の葬儀。

茨城母の病院から危篤の電話が来たのは

9月17日の朝でした。


私も、体調がすぐれていなくて仕事を休んでいたし(突発難聴のあと眩暈がひどかった)し


旦那も仕事があったため


義姉に茨城に、行ってもらっていたのですが

病院からの電話の6時8分から、5分後に亡くなってしまったため

残念なことに、誰も母の最後に立ち会うことが出来ませんでした。


しかし、数日前には、皆、母と会っていたために、誰も後悔はありませんでした。




亡くなった義母は、安らかなお顔をしていました。


認知症歴、15年位かな?



はっきり言って、子供たちは、大変でした。



行方不明になり、警察沙汰になったり、・・・と


いろいろありましたが、 



今となっては、笑顔の母しか想い浮かばないのが不思議でたまりません。




火曜日から、納棺の木曜日まで、お家にいて、ゆっくり出来ました。

金曜には、通夜で、土曜日は、告別式でした。



家族としては、家族葬で、ゆったりとやりたかったのですが

地域がらか、


亡くなった、その日に、部落の方々が


多数の、女性群から始まり、男性群と来て、対応に追われました。



通夜も、告別式も、大勢の人が来て


結局、家族葬なのに、200人が入るホールでの式で


家族葬????・・・・という疑問の答えは、 家族葬ではなかったとしか言えません。



しかし、地域の人たちとの交流があり


故人とお別れしたいという方もいて、ありがたいことだと思いました。



ありがとうございました。



今後、家族葬を、どうしたらよいかの問題は残りましたね。 田舎では・・・。





そんなこんなで、 



はっきり言って、喪主は大変だと、痛感いたした次第です。


今は、母の遺骨は


我が家に。



毎日、母とお話をしようと思います。



認知症で何も解らなかった母も


今はきっと、昔の母の戻って来ているのだと思います。



お母さん、



本当に、いろいろと今まで、ありがとうございました。


至らぬ嫁でしたが、やさしく接してくれて、


本当にありがとうございました。



安らかな天国で、皆を見守っていてくださいね。
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by tmk331027 | 2013-09-22 23:13 | 茨城 | Comments(6)

浜松生まれの今は千葉県人です


by tmk331027